連載「人と仕事」目次

井谷伸次さんと和紙

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家族のちから

先代の井谷岩夫さん
先代の井谷岩夫さん

紙漉は家族の力で成り立っている。すべての工程を含めて一人の力ではできない仕事だ。

井谷家でも皆で仕事をする。井谷さんの父親である先代の岩夫さんは、息子の七代目の襲名をもって現場から引退した。七代目に引き継いだ以上、多少未熟なところが見えたとて、無用な口出しはしないと決めた。ねっからの筋金入りの職人である。
紙漉は渡しても、心で息子を支え、無言のうちに叱咤激励しながら、山ほどある雑用を知らぬ顔をして手伝っている。 一方おばあちゃんは現役だ、楮の皮むきの手つきもまことに見事で、井谷さんの奥さんもがんばっているが、今のところおばあちゃんに部がありそうだ。

楮の皮むきをするおばあちゃん
楮の皮むきをするおばあちゃん

井谷さんに「三度のごはんを365日一緒に食べて、喧嘩はしないのか」と聞いてみた事がある。
「もちろん、しますよ」要は喧嘩の震度によって、口をきかない時間が短いか数日にわたるかということらしい。 「仕事は止まるよね」が次の問い、答えは「止まらないのです」仕事は黙って自分の分担を黙々と続けるそうです。

喧嘩をしようと、なにをしようと、家族の絆はしっかりと結ばれ、一層堅固になる事はあっても緩む事は無い。 お互いの役割分担、領域をまもりながら、お互いに尊敬し合える家族、日本の家族というものはきっとこういうものだったのだろうと思う。

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株式会社古今研究所 代表取締役
稲生一平

アートディレクター、陶芸家
1942年生まれ。大手広告代理店に勤務後に独立。異色のプロデューサーとして活動。
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