連載「モノ語り」目次
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椅子選びは大変

本当に自分にあった椅子を見つけることは容易なことではない。多くの場合は、椅子に自分を合わせていると言った方が近いだろう。

椅子はデザインと同時に座り心地という、とても難しい問題がある。座り心地というのはやっかいで、その椅子が、どんな姿勢のためにデザインされているかによって変化する。くつろぐための椅子か執務のための椅子か、同じくつろぐと言っても、体が包まれるようなくつろぎを求めるのか、午後のお茶をゆっくり飲みたいというのか、人間が快適だと思う姿勢は微妙に異なる。更に体型の個人差を一つの寸法で解決することは困難なので、万人にかけ心地の良い椅子というのも難しい。一例をあげれば、アメリカ市場の椅子と日本市場の椅子では座面の高さ(シートハイ)が異なる。

では椅子選びはどうすればいいのかということになるのだが、私はデザインの好みももちろんだが、ともかく座ってみることだと思う。とても大切なことは、ホームユースであれば、必ず靴を脱いで座ってみることを強くおすすめしたい。
私は男なので具体的には解らないが、ハイヒールを履いたままで、自分に合う椅子を探すのは至難の業のように思えるが、どうだろう。

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「文房シリーズの椅子・スツール MANABI/CHOTTO」の商品情報は、桜ショップオンラインにてご覧いただけます。

デザインは座禅から始まった
椅子「MANABI」

椅子 MANABI
椅子「MANABI」

文房シリーズの 椅子「MANABI」はコンパクトなデスクにあわせて小振りなデザインだ。長く飽きずに使えるという事を意図して極力シンプルに直線を主体としたデザインでまとめている。
「MANABI」というネーミングどおり、この椅子はくつろぎのための椅子ではなく、机に向かって書き物をしたりPCでメールを書いたりという小さなデスクワークのための椅子を意図している。

デザインのポイントは、通常の椅子と異なり座面の後部が高くなっている。これが、僅かな高低差なのだが背筋が伸びて、背当ての部分が腰をしっかりと受け止める。座っていると自然に姿勢が良くなる。

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きっかけは、お寺の本堂の椅子

このデザインに至るには、相応の道のりがある。
ある日、お世話になっている北鎌倉東慶寺さまから、ご相談を受けた。本堂でお使いの、ご住職のための家具を一式考えてほしいとのこと。
法具屋さんで手に入るものは、高級品といえども、意匠の選択肢は僅かしかない。いわゆるお寺の本堂の家具が、我々凡夫の眼には、どこに行っても大同小異に見える所以だ。
まるで数寄屋建築のような、光り物のない東慶寺の品の良い本堂に、そうした既製品の家具は、不釣り合いかもしれない。
話を本題にもどす。一式のお道具の中でも椅子が一番頭を悩ませた。掛けやすいことは当然だが、一方で法事の進行などを考えると立ち上がりやすい事も必要だ、更に、多くの人はご住職の後ろ姿に接することになるのだから、後ろから見て、ご立派に見えるという椅子でなければならない。

東慶寺本堂椅子
デザインを手掛けた東慶寺本堂椅子(桜製作所が特注にて製作)

この椅子について語りだしたらつきないのだが、それは別項にゆずることとして、ここでお伝えしたい事は、座面の後部をだいぶ高くしていることだ。(上の写真参照)
普段、注意して椅子を見る事は少ないと思うが、普通の椅子の座面は前より後ろの方が僅かに下がっている。だから、この椅子は椅子の常識からしたら正反対ということになる。
具体的な高さは、ご住職にご協力いただき、細かな実験の結果設定した。
このデザインを、なぜ思い立ったかといえば、ヒントは座禅だ。
良い姿勢の見本のような座禅のポイントは、しり当てという小さな座布団にある。要するに座面の後ろ、おしりに当たる部分が高いということだ。
毎朝の僅かな時間だが座禅を続けていると、何かの折に役にたつ、ありがたいことだと思っている。

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「MANABI」のデザイン

椅子 MANABI
座面の後部が高く、自然と姿勢が良くなるデザイン

前に触れたが、これはくつろぎのための椅子ではなく、ちょっとした仕事のための椅子だ。
自分も高齢者の入り口をくぐる年齢になると、腰のことや、姿勢のことを思って椅子にはどうしても神経質になる。
この椅子では、お寺ほどではないが、僅かに座面の後部を高くしている。それだけでも十分に背筋に良い。
そして背当てというか腰当てがしっかりと腰を支えてくれる。人間はおよそじっとしていないので、四六時中きちんと座っているわけではないが、時折きちんと座ると、まことに具合の良い椅子に仕上がったと思っている。

椅子の座面
後部が高い椅子の座面
椅子の腰当て
曲線の腰当てが腰をしっかり支える

初期のデザインでは、この背当ての部分を木で考えていた、自分で作ったモックアップもそうなっている。(下の写真参照)
だが試作を経て商品化に当たっては座面と同じ布で貼りぐるみとした。腰へのフィット感がとても良い。
微妙なカーブを描く背もたれと座面は桜製作所の専門の張り職人の丁寧な手仕事だ。

布の貼りぐるみの腰当て
当初のデザインでは、腰を支える部分は木の削り出しで考えていたが、
感触を考えて、最終製品では布の貼りぐるみとした
椅子のモックアップ
自分で作った椅子のモックアップ。 最終商品とデザインはほとんど変わっていない
椅子の横棒
前のシートの下の横棒は、なくても十分な強度が得られることから
最終商品からは削除している
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あなたは何を入れますか
ちょっとだけ、スツール「 CHOTTO」 の話をしよう

スツール「CHOTTO」
スツール「CHOTTO」

自画自賛だが、このスツールのネーミング「CHOTTO」がとても気に入っている。
これは文房シリーズのデスクに向かって、「ちょっと」座るためのスツールだ。デスクワークを仕事としている人は別だが、普段デスクに座ることが比較的短時間の人には簡単な腰掛けがあればいい。デザインは椅子の「MANABI」の背をとったものだから、基本的な座り心地は同様だ。
大きく違う点といえば、スツール「CHOTTO」は座面の下に引出し箱を持つというデザインだろう。
私事だが住まいというのは、少しでもきれいに暮らそうと思うと収納収納収納だ。収納といっても中に収納されているものが、収納に値するかどうかという別の大問題もあるのだが、それはともかくとして、僅かなスペースでも、ちょっとしたアイディアで収納に使える。

スツールの引出し箱
収納に便利な、座面の下の引出し箱
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昔のピアノの椅子

今もあるのだろうか。ずいぶん昔の話、ピアノの椅子は座面が蝶番で開くようになっていて、中に楽譜などが入れられるようになっている物があった。というのを見た事があるという事で、自分はピアノを弾くわけでもなんでもない。スツール「CHOTTO」の引出し箱を思い立ったきっかけだ。
デスクまわりは、とかくモノが集まる。だからこのお尻の下の引出し箱も使い方次第で何かの役にたつだろう。
些細な事だが、スツールを持ち上げて移動する時に、引出しが抜け落ちるのを避けるために、ちいさな引っかかりを作って滑り落ちないようにしている。そんな事を知らずに引出しを引くと少しばかり何かが引っかかった感じがするかもしれない。
文房シリーズのデスクの下に引き込んだスツールはとても美しくフィットする。

もちろん使い方に決まりは無いので「文房シリーズ」をはなれて玄関の小椅子として、リビングのアクセントチェアーとして、またキッチンの家事コーナーにも使えそうだと思っている。

スツール 引出しディテール
引出し箱のディテール
スツール 小さな引っかかり
引出し落下防止のための小さな引っかかり
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株式会社古今研究所 代表取締役
稲生一平

アートディレクター、陶芸家
1942年生まれ。大手広告代理店に勤務後に独立。異色のプロデューサーとして活動。
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