連載「モノ語り」目次
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きっかけは、お寺の本堂の椅子

このデザインに至るには、相応の道のりがある。
ある日、お世話になっている北鎌倉東慶寺さまから、ご相談を受けた。本堂でお使いの、ご住職のための家具を一式考えてほしいとのこと。
法具屋さんで手に入るものは、高級品といえども、意匠の選択肢は僅かしかない。いわゆるお寺の本堂の家具が、我々凡夫の眼には、どこに行っても大同小異に見える所以だ。
まるで数寄屋建築のような、光り物のない東慶寺の品の良い本堂に、そうした既製品の家具は、不釣り合いかもしれない。
話を本題にもどす。一式のお道具の中でも椅子が一番頭を悩ませた。掛けやすいことは当然だが、一方で法事の進行などを考えると立ち上がりやすい事も必要だ、更に、多くの人はご住職の後ろ姿に接することになるのだから、後ろから見て、ご立派に見えるという椅子でなければならない。

東慶寺本堂椅子
デザインを手掛けた東慶寺本堂椅子(桜製作所が特注にて製作)

この椅子について語りだしたらつきないのだが、それは別項にゆずることとして、ここでお伝えしたい事は、座面の後部をだいぶ高くしていることだ。(上の写真参照)
普段、注意して椅子を見る事は少ないと思うが、普通の椅子の座面は前より後ろの方が僅かに下がっている。だから、この椅子は椅子の常識からしたら正反対ということになる。
具体的な高さは、ご住職にご協力いただき、細かな実験の結果設定した。
このデザインを、なぜ思い立ったかといえば、ヒントは座禅だ。
良い姿勢の見本のような座禅のポイントは、しり当てという小さな座布団にある。要するに座面の後ろ、おしりに当たる部分が高いということだ。
毎朝の僅かな時間だが座禅を続けていると、何かの折に役にたつ、ありがたいことだと思っている。

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株式会社古今研究所 代表取締役
稲生一平

アートディレクター、陶芸家
1942年生まれ。大手広告代理店に勤務後に独立。異色のプロデューサーとして活動。
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